AIで声優の声をまねるのは違法か|「声もパブリシティ権で守られる」初の判決と、法務省の解釈指針【2026年10月】

録音スタジオにあるマイク

生成AIで声をまねた動画をめぐって声優の津田健次郎さんが起こした裁判で、東京地裁は2026年9月30日、人の声も「パブリシティ権」で保護されるという初めての判断を示しました。
一方で、動画はすでに削除されていたため、TikTokの運営会社に削除を求めた請求そのものは棄却しています。
判決文は、裁判所のウェブサイトで公開されています(2026年10月19日に全文を確認)。

日本では声は著作物に当たらず、声の権利を明記した法律もありません。
SNSには、声優や芸能人の声を無断でAIに再現させたとみられる動画が出回り、声優の団体は「声の権利を認めてほしい」と訴えてきました。
今回の判決はその訴えに裁判所が一般論として答えた形です。
判決は、声の例として「実演家の声」を挙げていて、声優だけでなく、ナレーターや俳優の声にも関わる判断です。
その少し前の8月7日には、法務省の検討会も、声がパブリシティ権の対象になるとする解釈指針をまとめています。

本記事では判決が認めたことと判断しなかったことを分けて整理したうえで、法務省の報告書が示した「どんな使い方が侵害になり得るか」を解説します。
SNSで見かける「情熱大陸」風のナレーションのように、有名なナレーターに似せたAIの声を自分の動画に使うとどうなるかも、同じ考え方で整理します。
最後に、AIで声を扱う機会がある人が、見る側、作る側、使う側のそれぞれで気をつけることを解説します。

この記事でわかること

先に結論をまとめます。知りたい項目から読んでください。

知りたいこと結論詳しくは
どんな裁判かAIで声をまねたとみられるナレーション動画188本以上について、津田健次郎さんがTikTokの運営会社に削除を求めた裁判の概要
判決は何を認めたか人の声は肖像と同じく「個人の人格の象徴」で、パブリシティ権の保護対象になる判決の中身
なぜ請求は棄却されたか投稿者がアカウントを削除し、動画がサーバーからも消えていたため判決の中身
これまで声はなぜ守られにくかったか声は著作物ではなく、声そのものを守る法律もないため声を守る法律
どんな使い方が侵害になり得るか法務省の指針は、AIカバー、ナレーション、広告、性的な音声などを例に挙げている法務省の解釈指針
似ている声はどこから「本人の声」か声の似ている程度と、名前やキャラクター名などの付加情報を合わせて判断する似ている声の線引き
声まねや物まねはどうかまねる人が自分の名前で行う芸は、原則として侵害にならないと整理されている似ている声の線引き
「情熱大陸」風のナレーションをAIで作って使うのは有名なナレーターの声に似せて動画や宣伝に使えば、侵害になり得る。番組名を添えると「本人の声」と受け取られやすくなるナレーションの場合
何が課題として残るかAIの声が本人の声と同じだと立証する難しさ、匿名の投稿者、キャラクターの権利の分かれ方残っている課題
自分のAIで試すとどうか2026年10月11日、ふだん使っている3つのAIに「声優の声で」と頼んだ記録。3つとも本人の声は出さなかった自分の記録
判決文や専門家の見方は確かめたか判決文は全文を確認した。専門家の評価は、公開されている3人のコメントを紹介している。この記事は弁護士の監修を受けていない確かめたこと

裁判の概要

判決文と報道から分かる内容を、まず表にまとめます。
判決文は裁判所のウェブサイトに掲載されています(令和7年(ワ)第70635号 投稿記事削除請求事件。PDF9ページ)。
表のうち「判決文」と書いたものは判決文で確かめた内容で、それ以外は報道(2026年9月30日〜10月1日)にもとづいています。

項目内容
訴えた人津田健次郎さん。判決文は「声優、俳優及びナレーターとして」活動していると認定している。アニメ「呪術廻戦」の七海建人役、「ゴールデンカムイ」の尾形百之助役などで知られる
訴えられた側TikTokを運営するシンガポール法人(TikTok Pte. Ltd.。判決文)
求めたこと生成AIで津田さんの声を模倣した動画の削除。損害賠償は求めていない
問題の動画氏名不詳の投稿者のアカウント(2025年11月時点でフォロワー21万人以上)が、2024年7月〜2025年9月に188件の動画を投稿した。映像と字幕に、都市伝説や心霊現象などの雑学のナレーションを組み合わせた動画(判決文の前提事実)
動画の特徴コメント欄には「ツダケンの声がする」「津田健次郎の声に似てる」といった書き込みがあった(判決文)。アカウントのアイコンは「呪術廻戦」のキャラクターに似ていたと報じられている
原告側の主張パブリシティ権と、不正競争防止法(声を営業の表示として混同させる不正競争)の2つを根拠に削除を求めた。投稿者は津田さんの声と混同させて、月50万〜75万円の収益を得ていたと主張(収益の額は報道による)
運営会社の主張投稿者は、アカウントからリンクした外部のサイトで、津田さんの声ではなく「声真似が上手い友人の声をAIに学習させた」データを使ったと説明していた(判決文の前提事実)。ナレーションは「普遍的な男性の声」で、津田さんの声と混同されない。動画のデータもサーバーに残っていない
判決2026年9月30日、東京地裁民事第46部(髙橋彩裁判長)。主文は「原告の請求をいずれも棄却する。」

裁判に至るまでの経緯は、弁護士ドットコムニュースが詳しく報じています。

  1. 2024年7月:問題のアカウントが、生成AIを使ったとみられる動画の投稿を始める
  2. 2025年6月:津田さん側が発信者情報の開示を申し立てる。8月に開示命令が出たが、通信の記録(IPアドレスのログ)の保存期間が過ぎていて、投稿者の特定には至らなかった
  3. 2025年9月:裁判の外で削除を求めたが、応じてもらえなかった
  4. 2025年11月:TikTokの運営会社を相手に提訴
  5. 2026年5月29日:投稿者自身がアカウントを削除。30日以内に復旧の申請はなく、6月28日の経過をもって、動画を含むデータが運営会社のサーバーから削除された(判決文の認定)
  6. 2026年7月3日:口頭弁論が終わる
  7. 2026年9月30日:判決

投稿者が誰なのか分からないまま、プラットフォームを相手に削除を求めるしかなかったという経緯が、この問題の難しさをよく表しています。
津田さん側は控訴しない方針と報じられています。
2026年10月19日時点で、判決の確定を伝える報道は見つけていません。
原告代理人の平野敬弁護士は、声がパブリシティ権の対象になると明示されたことで、当初の目的は達成したという趣旨の評価をしています。

判決の中身:認めたことと判断しなかったこと

判決は「声も守られる」という一般論を示しましたが、今回の動画が権利を侵害していたかどうかは判断していません。
この2つを分けて読むことが大切です。

判決文の内容
認めたこと人の声は、人の肖像と同様に個人の人格の象徴である。たとえば実演家の声などを無断で使う行為は、その声が商品の販売などを促進する顧客吸引力を持つ場合で、声を使う行為が、もっぱらその声の顧客吸引力の利用を目的とするときは、パブリシティ権の侵害に当たる
請求を退けた理由口頭弁論が終わるまでに、削除を求めた動画はすでに削除されていた。運営会社がさらに削除の義務を負うことはない
判断しなかったこと「その余の争点についてこれ以上の判断はしない」。問題の動画がパブリシティ権を侵害していたか、不正競争防止法にもとづく請求が認められるかは判断していない

2026年9月30日の東京地裁判決を3つに分けた図。認めたこと:人の声は肖像と同様に個人の人格の象徴で、声が顧客吸引力を持ち、もっぱらその顧客吸引力の利用を目的として声を使うときはパブリシティ権の侵害に当たる。請求を退けた理由:5月29日に投稿者がアカウントを削除し、復旧の申請がないまま6月28日の経過でサーバーからも削除され、口頭弁論が終わった7月3日までに削除済みだったため、運営会社に削除の義務はない。判断しなかったこと:今回の動画が侵害だったか、不正競争防止法にもとづく請求が認められるか。主文は「原告の請求をいずれも棄却する。」
声が守られるという一般論は示されましたが、問題の動画が侵害だったかは判断されていません。

判決文のこの部分は、次のように書かれています(「第3 当裁判所の判断」の2。判決文7ページ)。

人の声は、人の肖像と同様に個人の人格の象徴であるということができるところ、例えば実演家の声等を無断で使用する行為は、その声が商品の販売等を促進する顧客吸引力を有するといえる場合であって、その声を使用する行為が専らその声の有する顧客吸引力の利用を目的とするものといえるときは、パブリシティ権の侵害に当たると解するのが相当であるといえる。
(東京地裁 令和8年9月30日判決)

「例えば実演家の声等」と、声の例として実演家を挙げている点が、ナレーションを考えるうえで大事です。
著作権法では、朗読のように文章を読み上げることも「実演」に当たり得るので、声優やナレーターも実演家に含まれると考えられます。

争点は3つ立てられていました。
不正競争防止法にもとづく削除請求ができるか(争点1)、パブリシティ権にもとづく削除請求ができるか(争点2)、動画がすでに削除されたか(争点3)です。
判決は、パブリシティ権の考え方を一般論として示したうえで、争点3の「すでに削除された」を理由に請求を退けました。

ここで出てくる顧客吸引力は、商品やサービスの販売を促す力のことです。
有名な人の顔や名前を広告に使うと人が集まる「人を引きつける力」を指します。

日経新聞の記事で、早稲田大学の上野達弘教授(知的財産法)は、声優らの「声の権利」の保護を後押しする判断で妥当だと評価しています。
上野教授は弁護士ドットコムニュースのインタビューでも、裁判所が声の保護を明言したのは初めてだとしつつ、これまでの法解釈から見て意外な判断ではないと話しています。
同時に、生成AIが出力した音声が著名人の声と同一かどうかを立証するのは、肖像や氏名よりもハードルが高いとも指摘しています。
権利があると認められても、自分の声が使われたと示せなければ守られないという課題は、判決のあとも残っています。

これまで声はなぜ守られにくかったのか

声そのものを守る法律が日本にないため、既存のいくつかの権利で守れるかどうかを、場面ごとに考えるしかありませんでした。

権利や法律声との関係
著作権声は「思想又は感情を創作的に表現したもの」ではないので、著作物に当たらない
著作隣接権(実演家の権利)声優が演じた録音そのものを複製すれば対象になる。ただし、AIが新しく作った「似た声」は、元の録音の複製とは言いにくい
不正競争防止法声が商品や営業を示す「表示」として広く知られていれば対象になり得る。ただし、声だけで表示と認められる場面は限られる
パブリシティ権法律の条文はなく、最高裁の判例で認められた権利。対象は「氏名、肖像等」で、声が含まれるかは判例で明示されていなかった
肖像等をみだりに利用されない権利人格権の一つ。有名人かどうかを問わず、精神的な苦痛から守る

今回の判決と法務省の指針が扱ったのは、主に表の下の2つです。

パブリシティ権は、有名人の氏名や肖像が持つ顧客吸引力を、本人が独占して使う権利です。
2012年2月2日の最高裁判決(ピンク・レディー事件)で認められました。
この判決は、無断の使用が違法になる典型として、次の3つの類型を挙げています。

類型中身声に当てはめた例(法務省の報告書による)
第1類型肖像等それ自体を、独立して鑑賞の対象となる商品等として使う有名人のボイスメッセージ、ボイススタンプ
第2類型商品等の差別化を図る目的で、肖像等を商品等に付ける有名人の声が再生される目覚まし時計
第3類型肖像等を商品等の広告として使う広告のナレーション、SNSのなりすまし広告

ただし、3つの類型に当たるかは「もっぱら顧客吸引力の利用を目的とするか」で判断されます。
報道や論評、創作の中で有名人に触れることまで止めるものではありません。

声が「氏名、肖像等」の「等」に入るかどうかは、最高裁判決には書かれていませんでした。
判決の調査官解説は声を含むとしていましたが、裁判所が判決で明示したのは、報道によれば今回が初めてです。
なお、今回の判決文は、この最高裁判決を引用せずに、声についての考え方を示しています。

法務省の解釈指針:どんな使い方が侵害になり得るか

判決の約2か月前、法務省は声の無断利用について、想定事例ごとに考え方を示した報告書を公表しています。
2026年8月7日に公表された「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会取りまとめ報告書―生成AIによるパブリシティ権侵害等に関する解釈指針―」です。
法務省は2026年4月に有識者の検討会を設け、5回の議論を経てまとめました。

報告書は、声について次のように整理しています(9ページ)。
人の声は、ある人物を他の人物と見分ける情報であり、個人の人格の象徴でもあるので、パブリシティ権の保護の対象になる。
検討会でも異論はなかったとしています。

声の無断利用が問題になる3つの型の図。判断の軸は、もっぱら顧客吸引力の利用を目的とするか。第1類型は、それ自体を鑑賞の対象となる商品として使うもので、声の例は有名人のボイスメッセージやボイススタンプ。第2類型は、商品の差別化を図る目的で商品に付けるもので、声の例は有名人の声が再生される目覚まし時計。第3類型は、商品の広告として使うもので、声の例は広告のナレーションやSNSのなりすまし広告。これとは別に、声をみだりに利用されない権利は有名人かどうかを問わず、似せた声でわいせつな文章を読み上げる音源の公開は、収益目的がなくても権利侵害と評価される可能性が高い。
報道や論評、創作の中で有名人に触れることまでは止めません。問われるのは目的です。

そのうえで、生成AIで声を使う場面を、想定事例として検討しています。

場面報告書の考え方の要旨主な権利
AIで歌手や声優に似た歌声を作り、「〇〇に歌わせてみた」として公開し収益を得る視聴者は本人の歌声を目当てに聞くので、第1類型に当たると考えられる(93〜96ページ)パブリシティ権
声優に似せた声でわいせつな文章を読み上げる音源を公開する社会生活上受け入れるべき限度を超えて名誉感情や私生活の平穏を侵害し、権利侵害と評価される可能性が高い。収益目的がなくても成立し得る。一般の人の声でも同じ(112〜114ページ)声をみだりに利用されない権利
収益目的なく、興味本位で似た声の音源を公開する多くの閲覧数を集め、本人に営業上の不利益を現に生じさせた場合は、3類型に準ずるものとして侵害になり得る。投稿で自分の商品やサイトに誘導していれば第3類型に当たり得る(118〜119ページ)パブリシティ権
特定の有名人の声を簡単に作れることを売りにした生成AIを有料で提供する3類型に準ずる行為として、パブリシティ権を侵害すると考えられる。提供の差し止めを求めることもできる(97ページ)パブリシティ権
特定の声優の声に特化した学習用データセットを販売する第1類型に当たり得る。その声を学べると宣伝すれば第3類型にも当たり得る(99ページ)パブリシティ権

報告書は、声の無断利用によるパブリシティ権侵害の例として、ボイスメッセージ、ボイススタンプ、オーディオブック、AIカバー、ナレーション、目覚まし時計、カーナビ、スマートスピーカー、広告のナレーションを挙げています(30ページ)。

今回の裁判の動画は、都市伝説を紹介するナレーションでした。
ナレーションは、報告書では第1類型か第2類型に当たるとする見解が紹介されています(27〜29ページ)。
ただし、判決は今回の動画が侵害だったかどうかを判断していないので、この当てはめは報告書の一般論からの整理にとどまります。

AIのサービスを提供する事業者の責任についても、報告書は触れています(98ページ)。
利用者が侵害したとき、AIを提供した事業者もその結果に寄与したと評価されれば、利用者と連帯して賠償責任を負う可能性があるとしています。
一方で、有名人の名前をプロンプトから取り除くなど、侵害の可能性を下げる措置をとっていれば、利用者が侵害する可能性が高いとは直ちには言えないとも書いています。

似ている声はどこから「本人の声」になるのか

報告書は、声の似ている程度だけでなく、一緒に示された情報も合わせて、聞いた人が「本人の声だ」と分かるかで判断するとしています。

AIが作った声は、通常、本人の声とまったく同じにはなりません。
「似ている」にとどまる声が本人の声として扱われるかについて、報告書は次のように整理しています(94〜95ページ、27ページ)。

ケース本人の声を使ったと言えるか
声質や話し方の特徴が本人とよく似ていて、聞いた人がすぐ分かる言える
声だけでは本人か分からないが、タイトルに本人の名前やキャラクター名が付いていて、聞いた人が本人を思い浮かべる言える
タイトルに本人の名前があっても、声がまったく似ていない通常は言えない
声まねや物まねの芸人が、自分の名前を出して演じる原則として侵害にならない
声まねでも、自分の名前を出さずに使い、本人の声だと誤解される侵害になる余地がある

名前やキャラクター名を出すかどうかが、判断を大きく左右します。

似ている声が本人の声になるかの判断を示した図。法務省の解釈指針は、声の似ている程度と、名前やキャラクター名など一緒に示された情報を合わせて、聞いた人が本人の声だと受け取るかで判断する。声質や話し方がよく似ていて聞いた人がすぐ分かる場合は、本人の声と言える。声だけでは分からなくても、本人の名前やキャラクター名が付いていて本人を思い浮かべる場合も、本人の声と言える。名前が付いていても声がまったく似ていない場合は、通常は言えない。声まねや物まねは、自分の名前を出して演じれば原則として侵害にならず、名前を出さずに使い本人の声だと誤解される場合は侵害になる余地がある。声紋の鑑定は考慮要素の1つで、決め手ではない。
同じくらいの似方でも、名前やキャラクター名が付くかどうかで判断が変わります。

報告書は、無断で声を使う人は、声の主に直接触れたり、関連する情報をちりばめて暗示したりすることがあるとも書いています(95ページ注)。
今回の裁判で、アカウントのアイコンがキャラクターに似ていたと報じられている点は、この「付加情報」に関わる事情です。

声紋の鑑定のような科学的な分析は、考慮要素の1つになり得るが、決め手になるわけではない、とも書かれています(27ページ注)。
問われるのは、波形がどれだけ近いかではなく、聞いた人が本人の声だと受け取るかだからです。

AIで作った声が偶然誰かに似てしまった場合について報告書では、似ていることに気づかずに公開したのであれば過失の判断などで考慮され得るとしています。
ただし、意図して似せた場合は、学習データに本人の声が含まれていたかどうかにかかわらず、権利侵害となる可能性があるとしています(112〜113ページ)。
投稿者が説明していた「声真似が上手い友人の声を学習させた」という作り方が、それだけで免責の理由になるとは限らない、ということです。

「情熱大陸」風のナレーションをAIで作るのは違法か

有名なナレーターの声に似せたAIの声を、自分の動画や宣伝に使えば、ナレーターのパブリシティ権の侵害になり得ます。
番組名を添えて「〇〇風」とうたうと、聞いた人が本人を思い浮かべやすくなり、侵害と判断される方向に働きます。

SNSでは、ドキュメンタリー番組「情熱大陸」のナレーションに似せた声の動画が見られます。
Xや質問サイトには、2026年5月〜6月ごろから、TikTokやInstagramで「情熱大陸のナレーションのような声の動画を見た」「どのサービスで作っているのか」と尋ねる投稿があります。
海外の音声生成サービスの共有ライブラリには、番組名を名前に付けた声のモデルが利用者の手で公開されていて、7万回以上使われていました(2026年10月19日に確認)。

一方で、番組のナレーターや番組の制作側が、こうしたAIの声について何かを表明したという報道は、2026年10月19日時点で見つけていません。
SNSの個々の動画がAIで作られたのか、人が声まねをしたのかも、外からは分かりません。
ここから先は、判決と法務省の報告書の考え方を、ナレーションの使い方に当てはめたこの記事の整理です。

使い方考え方根拠
AIで有名なナレーターに似せた声を作り、自分の動画のナレーションに使って再生数や収益を得るナレーターの声に顧客吸引力があり、その声を目当てに見てもらうための使い方なら、パブリシティ権の侵害になり得る。今回の裁判も、雑学動画のナレーションが問題になった事件判決(「例えば実演家の声等」)、報告書はナレーションを侵害の例に挙げる(30ページ)
タイトルやハッシュタグに「情熱大陸風」「〇〇の声」と付ける声の似方が少しでも、番組名や名前で本人を思い浮かべさせれば、「本人の声」と受け取られやすくなる報告書の名前やキャラクター名の考え方(94〜95ページ)を、番組名に当てはめた整理
店や商品、サービスの宣伝動画に使う広告への利用は、パブリシティ権の典型的な侵害の型(第3類型)に当たる。いちばん避けたい使い方報告書(30ページ)
収益化していない、興味本位の投稿多くの閲覧数を集めて、ナレーター本人に営業上の不利益が現に生じた場合は、侵害になり得る報告書(118〜119ページ)
人が声まねをし、自分の名前を出して演じる原則として侵害にならない。名前を出さずに使い、本人の声だと誤解される使い方には、侵害になる余地がある報告書(27ページ)
番組の映像・音声やテーマ曲をそのまま使う声の権利とは別に、著作権や放送局の権利の問題になるこの記事では扱わない

「違法」といっても、パブリシティ権の侵害は刑罰が科されるものではなく、削除や損害賠償を求められる民事の問題です。
今回の裁判も、刑事事件ではなく、動画の削除を求めた民事の裁判でした。
ただ、民事でも、投稿の削除やアカウントの停止、賠償の請求を受ければ、作った側の負担は小さくありません。

自分の動画にナレーションを付けたいなら、実在の人の声に寄せず、声の提供者から許諾を得ていると明示しているサービスの声を使うのが確実です。
「〇〇風」と番組名や人の名前を添えることも避けてください。

声優の現場で起きていること

声優の団体にはAIによる声の無断模倣の相談が続いていると報じられています。

時事通信の取材によれば、声優らの協同組合「日本俳優連合」(日俳連)には、演じるキャラクターが覚えのない性的な言葉をしゃべらされた、といった相談が後を絶ちません。
大手企業が声優の許諾を得ないまま、さまざまな声優の声で文章を読み上げる「商業利用できる」音声生成サービスを提供していた例もあったとされます。
サービスは日俳連の求めで終了しましたが、企業側は最後まで権利侵害を認めなかったといいます。

同じ記事で「ちびまる子ちゃん」の友蔵役などで知られる島田敏さんは、自分が演じるキャラクターに似た声が有名な曲を歌う動画が次々と投稿され、1つずつ削除を求めることはできないと話しています。
アニメのキャラクターの声は、作品の制作側にも権利が関わるため、声優が単独では法的措置をとりにくい面もあるとされます。

声優の側からの発信は、2024年から目立つようになりました。
2024年10月15日には、声優有志26人が「NOMORE無断生成AI」として、無断で声を生成AIに使うことへの抗議を発信しています。
今回の判決のあと、日俳連も公式のXで、このハッシュタグを付けて津田さんへの感謝を表明しました。
ORICON NEWSによれば、日俳連は判決を受けた声明で、津田さんの活動を支持し、その勇気に感謝するとしています。

判決のあとも残っている課題

「声も守られる」と示されたことで、主張の足場はできました。一方で、実際に守るまでの道のりには、課題が残っています。

課題中身
立証の難しさAIの声は本人と完全に同じにはならない。「本人の声だと分かる」ことを、似ている程度と付加情報から示す必要がある
投稿者が分からない今回は開示命令が出ても投稿者を特定できなかった。プラットフォームへの削除請求しか手段がなかった
削除が追いつかない似た動画が次々に投稿され、1本ずつ削除を求めるのは現実的でない
プラットフォームの責任投稿者とは別に、運営会社がどこまで削除の責任を負うかは、今回の判決では判断されていない(上野教授が弁護士ドットコムニュースで指摘)
権利の分かれ方キャラクターの声には制作側の権利も関わり、声優だけで動きにくい
判決の射程今回は一般論を示しただけで、具体的な動画の侵害は判断していない。どこからが侵害かの線引きは、今後の事件の積み重ねを待つことになる

上野教授は日経新聞で、権利侵害と判断される線引きはなおあいまいで、法制度のあり方の議論をさらに深める必要があると指摘しています。
法務省の報告書も、現行法と判例の範囲で考え方を整理したもので、新しい法律をつくったわけではありません。

見る側、作る側、使う側で気をつけること

ここからは、判決の報道と法務省の報告書をもとにした、この記事の整理です。
個別の判断は専門家に相談してください。

SNSで動画を見る側

  • 有名な声優の声に似たナレーションや歌の動画を見たら、本人が出演しているとは限らないと考える
  • 本人の公式アカウントや所属事務所の発表で確かめられないものは、拡散しない
  • 性的な内容や、本人が言いそうにない発言の音声は、多くのプラットフォームで報告(通報)の対象になる

AIで声を作る側

  • 実在の声優や歌手の名前、キャラクター名を、プロンプトにもタイトルにも入れない。報告書は、名前やキャラクター名が付くと「本人の声」と判断されやすいとしている
  • 「〇〇に歌わせてみた」「〇〇の声で読んでみた」という形の投稿は、収益化していなくても、閲覧数を集めて本人に不利益を生じさせれば侵害になり得る
  • 友人など身近な人の声を使うときも、本人の許諾を取る。「みだりに利用されない権利」は有名人でなくても守られる

音声生成サービスを仕事で使う側

  • ナレーションや案内音声にAIの声を使うなら、声の提供者から許諾を得ていることを明示しているサービスを選ぶ
  • 特定の有名人の声を作れることを売りにしているサービスは使わない。法務省の報告書は、そうしたサービスの提供自体が侵害になり得るとしている
  • 広告に使う声は、とくに慎重にする。広告への利用は、パブリシティ権の第3類型の典型例

なりすまし広告が流れる仕組みと、それを止める責任の割り当ては、別の記事で整理しています。

→ なりすまし詐欺広告は、誰が止めるのか|7府省庁が求めた「生成AIで作った広告である旨」の表示

使っているAIに「声優の声で」と頼んでみた

私は元システムエンジニアで、いまはAI分野の記事を書く仕事をしています。

2026年10月11日、ふだん使っている3つのAI(Claude Pro、ChatGPT無料版、Gemini無料版)に「声優の◯◯さんの声で、この文章を読んで」と頼みました。
GeminiとClaudeは、実在の人の声はまねできないと答え、用意された声で読み上げました。
ChatGPTの返答は、本人の声そのものにはできないが、近い雰囲気の声でなら読み上げられるというものでした。
3つとも本人の声は出さず、違いは、断ったあとに「近い声」という代わりを示すかどうかでした。

音声モードで選べる声は、どのサービスも数種類の決まった声だけでした。
わからなかったのは、断られた理由です。名前を見て断ったのか、声のまねという依頼そのものを断ったのかは、返答からは区別できませんでした。
ChatGPTの「近い雰囲気の声」が、どこまで似せることを指すのかも、返答からは分かりませんでした。

ふだん使っているサービスでは簡単に出せない声が、SNSにはあふれている。その差がどこで生まれているのかは、利用者の側からは見えません。

この記事で確かめたこと(2026年10月19日時点)

判決文は全文を読んで確かめました。専門家の見方は、公開されているコメントを紹介しています。この記事は、弁護士などの専門家の監修を受けていません。

項目いまの状態
判決文裁判所のウェブサイトのPDF(9ページ)を2026年10月19日に開き、引用した部分の字句と、事件番号・裁判官・当事者・前提事実・争点・判断の順番を照らし合わせた。10月13日の公開時の引用には「例えば実演家の声等を無断で使用する行為は、」が抜けていたので、10月19日に直した
判決の確定原告側は控訴しない方針と報じられている。判決を受けた被告側は勝訴しているので、控訴する理由は通常ない。ただし、確定したと伝える報道は10月19日時点で見つけていない
法務省の報告書公開時(2026年10月13日)に報告書のPDFから該当ページを示した。10月19日には読み直していない
専門家の評価早稲田大学の上野達弘教授(知的財産法):妥当な判断で、意外ではない。一方で、AIの声が本人と同じだと立証するのは肖像や氏名より難しい(日経、弁護士ドットコムニュース)。河西邦剛弁護士:大きな一歩だが、誰の声が守られるか、どの程度似ていれば侵害か、の基準は示されていない(弁護士ドットコムニュース、10月14日)。出井甫弁護士:裁判所が明示した意義は大きい。あいまいな事例でどこまで及ぶか、声の主をどう立証するかが今後の課題(弁護士JPニュース、10月9日)
この記事の確認弁護士の監修は受けていない。判決と報告書を読んだうえでの整理で、個別の事案の判断には使えない

3人の専門家は、「声が守られる」と明示されたことを評価しつつ、どこからが侵害かの線引きは、これからの事件の積み重ねを待つという点で、見方がそろっています。

よくある質問(FAQ)

Q1. AIで声優の声をまねた動画を作るのは違法ですか。

使い方によっては違法になり得ます。2026年9月30日の東京地裁判決は、人の声もパブリシティ権の保護対象になり、もっぱら声の顧客吸引力を利用する目的での無断使用は侵害に当たるとの考え方を示しました。法務省の解釈指針も、似た声でキャラクターに歌わせる音源の公開などを、侵害になり得る例として挙げています。

Q2. 津田健次郎さんの裁判は、勝ったのですか、負けたのですか。

請求は棄却されました。動画がすでに削除されていたため、運営会社に削除義務はないと判断されたからです。一方で、声がパブリシティ権の対象になるという一般論が示されたことから、原告側は当初の目的は達成したと評価し、控訴しない方針と報じられています。

Q3. 収益化していなければ、似た声の動画を投稿しても問題ありませんか。

問題になることがあります。法務省の解釈指針は、収益目的がなくても、多くの閲覧数を集めて本人に営業上の不利益を現に生じさせた場合は、侵害になり得るとしています。また、性的な内容などで本人の名誉感情や私生活の平穏を害する場合は、収益の有無にかかわらず「声をみだりに利用されない権利」の侵害になり得ます。

Q4. 「情熱大陸」風のナレーションをAIで作って、自分の動画に使うのは違法ですか。

有名なナレーターの声に似せて、再生数や宣伝のために使えば、ナレーターのパブリシティ権の侵害になり得ます。今回の判決は声の例として「実演家の声」を挙げ、法務省の報告書もナレーションや広告を侵害の例に挙げています。「情熱大陸風」のように番組名を添えると、本人の声だと受け取られやすくなります。人が自分の名前を出して演じる声まねは、原則として侵害にならないと整理されています。侵害は刑罰ではなく、削除や損害賠償を求められる民事の問題です。

Q5. 有名人ではない一般の人の声も守られますか。

パブリシティ権は顧客吸引力を守る権利なので、主に有名人が対象です。一方、「声をみだりに利用されない権利」は声の精神的な価値を守るもので、一般の人の声も守られると法務省の報告書は整理しています。性的な音声に使われた場合などは、有名人と一般の人で侵害の判断に大きな差は出にくいとしています。

Q6. 声を勝手に使われたら、どうすればよいですか。

まず、動画のURLや投稿日時、アカウント名などを記録として残し、プラットフォームの報告機能で削除を求めます。投稿者を特定して責任を問うには、発信者情報の開示請求などの手続きが必要になります。今回の裁判でも開示命令が出たものの投稿者は特定できなかったので、早い段階で弁護士に相談するのが現実的です。

Q7. 声の権利を守る法律はできるのですか。

2026年10月の時点で、声の権利を明記した法律はありません。法務省の報告書は、現行法と判例の範囲で考え方を整理したものです。判決についての専門家のコメントでも、誰の声が守られるか、どの程度似ていれば侵害かの基準や、法制度のあり方には議論の余地が残るとされています。新しい動きがあれば、この記事を更新します。

まとめ

声優の津田健次郎さんが、AIで声をまねた動画の削除をTikTokの運営会社に求めた裁判で、東京地裁は2026年9月30日、人の声もパブリシティ権で保護されるという初めての判断を示しました。
動画がすでに削除されていたため請求は棄却され、問題の動画が侵害だったかどうかは判断されていません。

判決に先立つ8月7日、法務省は解釈指針をまとめ、AIカバー、ナレーション、広告、性的な音声、特定の声を売りにしたAIサービスなどを、侵害になり得る例として示しました。
似た声が「本人の声」になるかは、似ている程度と、名前やキャラクター名などの付加情報を合わせて判断するとしています。
「情熱大陸」風のナレーションのように、有名なナレーターの声に似せて動画や宣伝に使う場合も、この考え方の中で判断されます。

声が守られる対象だと示されたことと、実際に守れることのあいだには、まだ距離があります。
立証の難しさ、匿名の投稿者、削除が追いつかない現実は、判決のあとも変わっていません。
AIで声を扱うときは、実在の人の名前や番組名を入れない、許諾のある声を使う。この2つが、作る側と使う側にできる最初の一歩です。

次に読む

この記事は「AI活用」の1本です。

同じ場面で役に立つ記事

→ ディープフェイクの見分け方|本物か確かめる5つの手順を、5段階でわかる用語解説
 顔や声を似せる技術の仕組みと、見分けるときの手がかりです。

→ 著作権とAI|5段階でわかる用語解説
 声が著作物に当たらないことを含め、著作権とAIの全体像です。

用語の全体像はこちらで確認できます。
→ 今さら聞けないAI用語30選|初心者でもニュースが読めるようになる意味と読み方

この記事を書いた人:kkazuki|AI/DX分野ブログ運営者 → 運営者情報

※この記事は2026年10月19日時点の判決文、報道、資料に基づきます(2026年10月19日に判決文の引用を直し、ナレーションの節と「確かめたこと」の節を足しました)。この記事は弁護士の監修を受けておらず、法律の解釈を示すものではありません。具体的な判断は弁護士などの専門家に相談してください。

参考

2026年10月19日までに確認をしました(判決文は10月19日に全文を確認)。

タイトルとURLをコピーしました